• Shungo

FFと科学|Final Fantasy 7 リメイク記念

1.FF7の思い出


Final Fantasy 7 は思い出の作品です。私にとって

初めてのFF作品。

全部で4周ほどしましたが、何度やっても飽きない。

キャラクターそれぞれの奥深さ、マテリア要素、そしてストーリー・テーマがいい。


今回はFF7の思い出を1つ。


私がFF7を買ったのは小学校の頃だったと思います。


当時はとにかく文章をちゃんと読まない子供だった私は、

まずセーブができない、と困った記憶があります。

そんな私でも、

バレットとティファはなんか復讐心を持って神羅カンパニーと対抗し、

エアリスとレッドXIIIは不思議なキャラ、

クラウドはなんか記憶障害だけどセフィロスを追うという目的を持ち、

ケットシーはおかしな人形、

という状況を理解し、このメンバーたちが今後どうなっていくのか、

ワクワクしながらゲームを進めていました。(ユフィは当時1週目では仲間にできず。)


そして、コレルというバレットの過去が分かるところまで辿り着いた時、

コレルプリズンという砂漠の監獄にクラウドたちは閉じ込められてしまいます。


その監獄、人の話をちゃんと聞けば、嘘しか言わない三人組がいるということがわかり、

その三人組の言うことの逆をすれば、簡単に脱出できます。

南西に行けばボスに会えるんじゃねえか?

しかし小学生だった私は、この人たちの話は一切無視。北に広がる砂漠をひたすらに歩き、

ひたすら敵を狩り、

行き止まりにたどり着けば引き返し

そして、また敵を狩る。

これをひたすら繰り返し、ついにはボスには会えず、

クリアをここで諦めてしまったのです。(当時はネットで攻略を調べる、ということもあまりしない時代でした。)

ちゃんとやり直してクリアできたのは中学に入ってから。

クリアして、

エリアスの死、

バレットやティファの復讐心の背景、

クラウドがセフィロスを追っていたわけ、

ナナキの父の真実、

ケットシーの熱さ、

シドの宇宙への想い、

地球と人、

などなど、数々の伏線というか謎が明らかになり、物語を楽しむことができました。


2.FFの好きなところ

私がFFの好きなところは、まさにストーリーが徐々に鮮明になっていく快感です。

始めは謎ばかり、プレイヤーは置いてけぼりになりがち。

だけど、そこを耐えてゲームを進めていくと、全てが繋がっていく。

全てが繋がったあとは、もう一度その物語の構造を楽しみたくて、もう一度プレイする。

そして、そこにはさらにキャラクターそれぞれの細かい物語の作り込みがあって、

2回目、3回目でも新しい発見がある。

FF7はストーリー上、仲間にしなくても進んでしまう仲間が2人もいるので、

なおさら何度もプレイできます。


3.科学も一緒

これって実は、私が科学を好きな理由と近くて、

科学は宇宙の物語、生命の物語、人類の物語などを明らかにし、また続きを作っていく作業です。ほとんどRPGと一緒なのです。


RPGが好きになる重要な要素としては、

  • 徐々に進んでいけば全てが繋がる、という期待感を持つことができれば、最初は分からない事が多く、置いてけぼりだけど、耐えて進むことができる。

  • 耐えなければならない壁はちゃんと越えられるが、達成感もある適度な難易度。

  • 壁にチャレンジする間も楽しいキャラクターなどがいて飽きない。

  • (私の思い出のように、)越えられない壁があり、諦めてしまっても、またいつか再チャレンジしたいと思えるように、壁を越えた時に見える景色(壁を越えることで知ることのできる物語を知る喜びや、壁を越えたこと自身による達成感)を少しでも見せ、期待感を高めること。

があると思います。


これを科学に当てはめて、科学を好きになる条件を考えてみると、

  • 数学や物理学などを習得すれば、知りたいことが分かる、という期待感を持つことができれば、最初は分からない事が多く、置いてけぼりだけど、耐えて習得のために勉強をすることができる。

  • 習得しなければならない学問はちゃんと習得でき、習得による達成感もある適度な難易度。

  • 学問の習得中も楽しめるようになっている。(テストとかで習熟度が見えるとか?)

  • 理解できない!と逃げ出しても、またいつか習得してみようと思えるように、習得できた時の景色を少しでも見せ、期待感を高めること。(九九を覚えることで見える新しい景色、分数を習得することで見える新しい景色とかを見せる。どれも必ず何か学問的な目的があってできた手段だから、その目的にたどり着いた景色を見せる。)

という感じでしょうか。

とりあえずは、今やっている科学絵本の取り組みは、

「知る」ということに喜びをもってもらうためのもので、科学を使って何かを知りたい、と思う人を多くできればいいな、というもの。

その後の、

適切なレベルの壁に当たり、壁を越え、新しい景色を見る、

という経験を与える部分は、学校教育がまさに担うべき部分。

ここも今は不十分だと私は思うので、いつかここまで変革していきたい。


おしまい。





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