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科学に寄り添うために

最終更新: 5月5日

 科学は、この世の謎を解明したり、遠距離の人とすぐに会いたい、とか、どんな病気でも治って欲しい、といった人々の夢や希望を叶える可能性を持っています。


そんな科学が今、大変厳しい状況に置かれています。


 科学を取り巻く過去と現在の比較から、未来を予想し、

今、何が必要なのか、を考察したいと思います。


1.科学者の経済事情の歴史

 まずは、自然を探求する人たち、すなわち科学者の経済事情を振り返ってみましょう。


自然哲学者の経済事情

 自然哲学の始まりは、古代ギリシアと言われています。

 古代ギリシアの哲学から派生したエンペドクレスの四元素説やアリストテレスの天球説などは、自然はどうなっているのか、を考える科学の走りと言ってもいいでしょう。

 このような自然哲学者がどのような経済事情であったかについて、以下の論文を参考に見てみましょう。

https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/72989/1/KJ00000077621.pdf

以下、引用。(下線は追加しました。)

最初の哲学者たちは,概して相当な資産家であったらしいので,

Herakleitosなどは政治から遠ざかるだけで,思索に耽ることができた。 しかし, やがて Anaxagorasの如く,研究に没頭して,政治ばかりでなく,家産の管理からも離れようとする人物が出現する。このようにして研究活動と家の経済との背反が明確になる。この段階において(中略)知識人の経済生活の方式が,明確に二つの方向に分かれることになった。その一方はソフィスト的とでも言うべきものであって,知的な面での取引関係によって生計を立てるもの他方はソクラテス的な方式であって,友愛関係によって生計を立てるものである。 (中略)

知識人の生きる道の第三の方式は,異国の権力者に庇護されるというものである。(中略)Sokratesの 弟子の世代になると,哲学者も詩人のように宮廷に出入りするようになる。 Platonも借主 Dionysios父子と関係をもち,私生活の面で金銭的な援助を受けた可能性がある。次に Aristotelesになると, 彼自身が裕福であったためでもあろうが, マケドニア王家からの援助は私生活の補いではなく,高額の資金を要する研究への物質的助成であったらしい。 ここからアレクサンドレイアのMuseionの如き王立研究所への道は非常に近いはずである。 かくして施設を与えられ,生活を保証されて,実証主義的な学聞が本格的に成立することになる。

 上記のように、学問に徹し、政治から離れ、家計にも無頓着になる哲学者たちは、知的な面で生計を立てたり、周りからの資金援助を受けていました。このように、自然哲学者含め、哲学者や知識人の持つ知的な部分は、一般市民や権力者など幅広い人にとって理解でき、重要だと認識できるものであったからこそ、知そのものによって資金援助を受けられたと言えるでしょう。


近代以降の科学者の経済事情

 上記で示した、

 ・相当な資産家であり経済的に困らない

 ・知的な面で報酬を得る

 ・権力者からの資金援助がある

 といった自然哲学者の経済事情は大きく18世紀頃まで変わりません。


 変化が見えるのは、19世紀に入り、科学が高度化し、また、産業革命を受けて必要な科学の素養が高まり、大学等の教育機関に科学教育が盛り込まれ、正規の教育体系として扱われるようになってからです。


 教育機関の教官として科学者が雇われるようになり、また、科学者を求める国や会社の研究所に雇用されるようになります。

 

 このようにして、科学者が研究により得た知識によって、教育することで教育機関から給料を得たり、その知識によって雇い主に利益をもたらし、雇い主から給料を得たりする時代になります。科学者は一つの職業となり、その生み出す知と、知から生まれる経済的利益に対して報酬が支払われるのです。


現在から未来にかけての科学者の経済事情

 そして現在ではどうでしょうか。基本的には、近代以降とほとんど同じ仕組みで科学者は資金を得ているでしょう。しかし、生み出している知に変化が出てきており、この変化はこれからも続いていくでしょう。これが原因で経済事情に悪影響を与えているのではないかと考えています。


2.科学者の生み出す知と国民の理解

 前述のとおり、科学者の生み出している知はどんどん高度になっていきます。17世紀の最先端であるニュートン力学は、目に見える現象を説明するものでした。これは多くの国民にも何をしているのか理解しやすく、権力者からの資金援助も受けやすかったでしょう。

 

 しかし、19,20世紀に入り、量子論や相対性理論が出来上がると、知の成果が国民の理解の届かない領域へと移っていきました。


 そして21世紀でも現在進展中の素粒子論についてはより一層、見えない世界のことであり、理解が難しい領域となっています。


 これらの理解が難しい知でも、応用されればいつか大きなメリットとなることは、過去の科学の発展を見ればほぼ確実なため、国や会社は資金を現在でも出しています。

 しかし、利益ではなく、哲学者が生み出す知自体に価値を見出して、彼らに資金援助をしていた権力者のような存在は、理解が難しい知となってしまった現在は、ほぼいなくなってしまいました。


 また、以下、「平成12年版科学技術白書」からの引用です。

国民は,科学技術が専門家にしか分からなくなるのではないか,悪用・誤用されるのではないか,進歩に自分がついていけなくなるのではないかなどといった科学技術の発達に対する不安感も抱いている。


 以上のように、発展し、国民の理解が難しくなる科学は、その生み出す知自身に対する国民からの援助ではなく、知により生み出される経済的利益への期待からの資金援助が主流となっています。

しかし、これには大きな問題があります。


3.問題点

 日本において、発展した科学の資金援助主体が国や企業になること、すなわち、科学による知により生み出される利益への期待からの資金援助には以下の問題点があります。

  1. 経済成長を前提とした資本主義社会では、人口増加による市場拡大を基盤として成長をしてきたが、人口減少段階に移っていき、”イノベーション”の名の下に、すぐに経済価値を生み出す応用研究に資金が偏りがち

  2. 大学において、国の財政悪化を原因に、国からの資金援助が減少しており、より応用研究に偏りやすい民間からの資金獲得に力を入れざるを得ない

  3. 応用研究に資金が偏れば、科学者も応用に偏り、知を生み出す段階の科学者が減る

  4. 新たな知を生み出す競争に参加する科学者が減れば、新たな知を基盤とした応用にとり残される


 ここで私が言いたいのは、資本主義社会が良くない、とか共産主義が良い、とかそういうことではありません。科学が経済成長の道具として位置づけられていることが良くない、ということを言いたいのです。結果的に、経済が成長すればハッピーです。しかし、あくまで科学は、自然がどうなっているか、を探求する学問として大切にされるべきなのだと思います。


4.科学に寄り添うために

 では、どうしたら科学を一つの学問として大切にできるのでしょうか。


 ・科学の支援者として、国や企業だけでなく、国民を取り戻す


 やはりこれが大事なのではないでしょうか。

 科学の知による経済的利益関係なく、科学の知を純粋に求めることができるのは国民以外いないでしょう。

 いや、現状では、国民にも無理です。多くの国民には最先端の科学による知にいきなり触れても理解できないでしょう。


 科学による知と国民の距離はこのままではどんどん離れていってしまいます。この世にはまだまだ分からないことが多く、科学はそれを明らかにするために発展し続けます。


 では、科学に取り残されずに寄り添える国民を増やすためにはどうしたら良いでしょうか。


・学校教育で科学の知を理解するのに必要な素養を教える

・科学者がもっと科学の知を興味深く紹介する

・科学の知に興味を持った時にそれを理解するのに必要な知識を自習できる環境がある


など、とにかく科学への理解を高めることが重要だと思います。

ここで難しいのは、


 理解が先か、興味を持つのが先か


です。理解できないと、興味を持てないでしょう。興味を持たないと理解しようと努力しないでしょ。どちらの流れもあると思います。


 現在の先端の科学のほとんどには、ベースに量子論や相対性理論がありますが、これらは、普段私たちが生きている世界とは異なる世界を見せるものであり、科学に慣れ親しんでいない人からすると、「え、無理、理解できない。」と拒絶してしまう可能性が高いでしょう。

 拒絶せずに理解するために努力できるのは、興味が強い人や、今までの経験から理解できる自信がある人でしょう。

 この壁を越えるために、目に見えない電子や原子、分子などの存在を多くの人が受け入れているのと同じように、量子論や相対論が見せる世界を自然と受け入れられるようにし、初めから拒絶する人を減らすことができれば、興味を持つ人を増やし、理解する人を増やすことができるのではないでしょうか。


 以上の考察から、本サイトでは、今後しばらく最新の研究成果を絵本にするのではなく、

「量子論」、「相対論」を感覚的にわかるような科学絵本をじっくり作成し、紹介していきたいと思っています。


おしまい


p.s ギリシアの哲学者を調べている時に、"Assassin Creed's Odyssey"というゲームをプレイしていた時を思い出しました。この作品は、アテナイとスパルタがペロポネソス戦争をしている時代の傭兵が主人公であり、ヘロドトスやソクラテス、ヒポクラテスなど歴史上の人物とも会話ができ、ソクラテスとは問答もできます。オープンフィールドで、本当の古代ギリシア当時を再現した形になっているので、観光気分も味わえるゲームです。このゲームで共に生き延びた哲学者や政治家などが、調べていて出てきたので、とてもインプットがスムーズにできました。というゲームも教育に使えるよね、というお話でした。

本当におしまい

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