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愛情ホルモン「オキシトシン」の分子作用メカニズム(簡易版)

1.愛情ホルモン「オキシトシン」

 オキシトシンは元々、出産時における子宮平滑筋の活動を促進し、分娩を促す作用や、授乳時における母乳の産出を促す作用と言った、主に女性において重要な役割を果たすホルモンと考えられており、「愛情ホルモン」と呼ばれてきました。近年では、このオキシトシンは男性においても脳内で作用し、男女関係なく人間の社会行動に影響することがわかってきています。

 次のような「信頼ゲーム」を用いた実験をご存知でしょうか。

・「信頼ゲーム」

 まずはじめにプレイヤーAに原資として1000円が手渡されます。Aはその中からいくらを拠出するのかを決めます。次に、プレイヤーAから拠出された金額の3倍の額がプレイヤーBに手渡されます。プレイヤーBは渡された金額の中から任意の額をAに返すことができ、ゲームが終了します。

 例えば、Aが600円を拠出すると、Aの手元には400円が残り、600円x3=1800円がBに手渡されます。そこからBが700円をAに返せば、AもBも1100円を手に入れることができる、というゲームです。

 「信頼ゲーム」ではプレイヤーが完全に合理的な判断を下す場合、プレイヤーBはプレイヤーAにお金を返すことはないのがプレイヤーAからも分かるため、そもそもプレイヤーAは1円も拠出せず、お金の動きは全くなく終了することになります。

 しかし、お互いに自分の行為に対しての見返りを(ゲーム終了後も含めて)あとで受けられる、と相手を信頼できる場合は、1000円全額を拠出し、プレイヤーBに3000円が渡るようにし、プレイヤーBは1000円以上をプレイヤーBに返すことで、合理的な判断をするよりもお互いに得をする結果となります。このように、相手を信頼してより大きな報酬を得られるようにする社会行動に「オキシトシン」が重要な役割を担っています。

・オキシトシンの役割

 この信頼ゲームにおいて、オキシトシンを鼻腔内投与した群と偽薬を鼻腔内投与した群の2群に分けて行動を比較した実験では、オキシトシン群は偽薬群と比べて相手に多くお金を拠出することが分かりました。また、相手が人ではなく、コンピュータであると参加者に知らせた場合は、二つの群で行動の差は見られませんでした。つまり、オキシトシンはギャンブルのような非社会的なリスク下での行動に影響を与えるのではなく、相手を信頼するかどうか、という社会的なリスク下での行動に影響を与えると考えられる、という実験結果です。

 また、別の実験でも、血中のオキシトシン濃度が高い人ほど、信頼ゲームで相手を信頼する行動をとる傾向があることがわかっています。

(参考:オキシトシン受容体遺伝子と信頼の関連に関する研究

 

以上のような実験から、​オキシトシンは、相手を信頼した行動を選択する人間の脳において重要な役割を担っていると考えられています。

2.血液脳関門

​ 脳において作用するオキシトシンですが、前述の実験の通り、血液中の濃度も信頼行動に影響を与えていました。血中のオキシトシンが脳でも作用を発揮していることを感じさせる結果ですが、脳には異物侵入を防ぐためのバリア「血液脳関門」というものがあり、一般的には、血液に含まれているものが全て脳内に移行するわけではありません。今まで、血液中のオキシトシンがどのように血液脳関門を越えて脳内に移行しているのかがわかっていませんでした。

3.RAGE

 今回紹介している研究成果では、RAGEと呼ばれる糖化したタンパク質の受容体(詳しい説明は詳細版)と結合し血液脳関門を通り抜けていることが分かりました。RAGEがないマウスでは、オキシトシンが脳内に移行せず、子育てが下手で、子の生存率が低い状態となっていたところ、RAGEがある状態に遺伝子操作で回復させると、子の養育行動が戻り子の生存率も戻る、という結果を得ました。

4.人間の行動

 私たちは自分の意思で判断を下して行動をしていると普段思っていることが多いでしょう。しかし、判断を下しているのは、私たちの脳であり、その脳におけるオキシトシンの作用によって私たちの社会行動は変わってきます。

 今回紹介している研究成果は、“親子の絆”や“愛情”行動の分子機序の理解につながり,育児放棄や虐待など,今日の深刻化する社会問題の解決の一助になる可能性を秘めている一方で、当然のことながら、私たちの行動が脳内のホルモンに多大な影響を受けており、私たちの意思はどのように生まれているのか、ということや、タンパク質などの分子で構成されたコンピュータでできたAIが実現した時に、それは人間との違いはどこにあるのか、という問題を改めて考えさせられるお話です。

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